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17. 森林軌道

紅葉する森を背に、由良川左岸を走るトロッコ。かつては手押しだったが、1960年代に発動機を取り付けた機関車が導入された。不定期ながら運行を続ける(11月12日、南丹市美山町)
紅葉する森を背に、由良川左岸を走るトロッコ。かつては手押しだったが、1960年代に発動機を取り付けた機関車が導入された。不定期ながら運行を続ける(11月12日、南丹市美山町)
森に続くレールをトロッコが走る(11月12日)
森に続くレールをトロッコが走る(11月12日)

 森へ続く線路をトロッコが行く。古いディーゼルエンジンがうなりを上げ、ゆっくり進む。西日本有数の天然林が広がる南丹市美山町の芦生の森。来春に指定が見込まれる「京都丹波高原国定公園(仮称)」の核となる地に、森林軌道が残る。

 京都大芦生研究林(旧演習林)が昭和初期に由良川本流に沿って敷設し、今もほそぼそと小さな車両が走る。林内巡視や学生の実習で働く現役の森林鉄道だ。かつては演習林の事業の輸送手段に使われた。

 1927年に路盤工事が始まり、33年からレールが敷設されると、天然林を伐採して木々を運び出した。森で育てたシイタケや苗木、木炭のほか、人や生活物資も載せた。

 戦時中は由良川支流の小野子(おのこ)谷に仮軌道が分岐された。戦闘機のプロペラを作るためにブナの木が切り出されたという。仮軌道は戦後の台風で壊滅した。谷には今もレールの残骸が散見する。

灰野より先の研究林内では森林軌道は荒れ果てる。赤崎谷の木橋は橋桁が流れ、レールが中ぶらりんになっている(11月26日)
灰野より先の研究林内では森林軌道は荒れ果てる。赤崎谷の木橋は橋桁が流れ、レールが中ぶらりんになっている(11月26日)
戦時中にブナの木が切り出された小野子谷。今も所々にレールの残骸が残る(10月23日)
戦時中にブナの木が切り出された小野子谷。今も所々にレールの残骸が残る(10月23日)

 50年には軌道は研究林の事務所から約6キロ上流まで達した。手押しだったトロッコは60年代以降は機関車に。鉄工所でつくった台枠に集材機のエンジンを付けた。「人力より作業効率が格段に上がった」と演習林の元職員で集落に暮らす登尾二朗さん(87)は懐かしむ。

 京都大の「演習林集報」によると、75年に苗木の輸送が中止されて軌道は事実上その役目を終えた。トラック輸送が発達して全国で森林鉄道が姿を消す中、芦生では車道への転換もできず存続した。

 各地で観光用に復活した森林鉄道もある。本流での運行区間は最盛期の4分の1程度ながら、森と生きる人々の心意気を受け継ぎ、依然業務で稼働する。2009年には経済産業省の「近代化産業遺産」となり、往時の森林土木技術を伝える。

 登尾さんは願う。「トロッコ道には演習林の大動脈としての歴史がある。山の宝として後世に残してほしい」(写真映像部 山本陽平)

かつて苗畑があった小蓬に続く軌道(11月26日)
かつて苗畑があった小蓬に続く軌道(11月26日)
研究林の事務所前から出発するトロッコ(11月12日)
研究林の事務所前から出発するトロッコ(11月12日)
芦生森林軌道
芦生森林軌道

【2015年12月04日掲載】