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脚本家 倉本聡さん

花街の匂い、記憶色濃く

 「北の国から」を久々に見た。印象に残ったのは原田美枝子さんが演じる教師。UFOと交信ができ、純と蛍を不思議な世界に誘う。過疎や自然、家族の現実を描いた作品と捉えられているが、幻想的な演出が随所に見られた。
 「僕はお化けも信じていますから。それも自然の一つですよ」
 京都の色は「桃色」。艶っぽく、桜の印象も大きいという。祇園のおかみと見た夜のしだれ桜、幼いころにかいだ花街の色香。虚実のあわいが、ふっと消えるような京都での時間が「北の国から」にも潜んでいるのだった。

「北海道の人が次に住むなら京都がいいと決まって言う。京都は人工的な都市だけど、北海道は自然そのものだからでしょうか」(京都市左京区・グランドプリンスホテル京都)
「北海道の人が次に住むなら京都がいいと決まって言う。京都は人工的な都市だけど、北海道は自然そのものだからでしょうか」(京都市左京区・グランドプリンスホテル京都)

 テレビドラマ「北の国から」などで知られる脚本家の倉本聡さん(81)。東京で生まれたが、母は京都市出身で、若いころに東山区の母の実家をよく訪れた。祇園と宮川町の花街に近い場所で垣間見た色香が記憶に色濃い。
 「母方の祖父が大和大路松原の近くで医院をやってましてね。家が病院の奥にありましたね。戦前です。近くの建仁寺の両足院という塔頭に親戚の墓があって、『都をどり』にもよく連れられて行きました。記憶の中の一番良い場所ですね」

 母方の家がなぜ京都にあったのか。その来歴を最近、知った。
 「おふくろの家が京都に来たのは明治の初期らしいんですよ。これは死後に分かったんですけどね、その前は(新潟の)佐渡だったらしいんですよね。祖父は蘭学をやっていて大きな病院を建てた。開院祝いで派手に花火をあげたら、火が地元の大きな神社のわらぶき屋根に燃え移って、村ごと燃やしちゃった。それでその地にいられなくなって京都に。悲惨ですよね。親戚が調べてくれて分かった。びっくりしましたよ。それを聞いて佐渡の墓を見つけ出して訪れたら、寺に『100年間、誰も来ないから墓をつぶそうとしていた』と怒られてね」

自然に残る樹木、京はふるさと

点描画を描くために訪れる糺の森の木々。「ひねくれた木も魅力だし、立ち直った木も好き。どことなく官能的な木もある」(左京区・下鴨神社)
点描画を描くために訪れる糺の森の木々。「ひねくれた木も魅力だし、立ち直った木も好き。どことなく官能的な木もある」(左京区・下鴨神社)

 京都の銭湯で幼いころに見た芸妓たちの白肌。そして母が家で絶やさなかったお香の匂い。そうした経験が多感な心に響いた。
 「匂いの記憶がものすごくありますね、おふくろが匂い袋も年中つけてましたし。祇園で遊ぶようになって、お茶屋に入る時の匂いに触れると家庭的な気分にとらわれる。僕にとっては日常の匂いなんです。仕事をする時、お香は絶やさない。霊を慰めるって人に教わって。ものを書く時って何かに乗っかってもらう感じ。実力以上のものができた時は肩が凝って仕方がない。吐くこともあるほど。だから窓を閉めきってお香をたく。京都のお香を買っていて。旅先にも持っていき楽屋でもたいてます。おふくろは晩年、お茶の先生をやってました。一切洋服は着なかったですね。京都の人ですね。僕が今、好んで着るのは、おやじの着物を裂いて織ったものなんです。その辺にも影響していますよね」

 40代になってから、祇園のお茶屋に通うようになった。懇意のおかみと見た円山公園のしだれ桜が忘れられないという。
 「40年来のお茶屋があって。白洲次郎も愛した店で。前のおかみがかわいがってくれた。ある時、お座敷で倒れて。それまでずっと春は必ず一緒にしだれ桜を見に行っていたんで『元気になって来年のしだれ桜を絶対見に行こうな』って言っていて、回復した時、うちのかみさんと一緒に車いすを押して見に行った。5年ほど前に96歳ぐらいで亡くなってしまったんだけど妹さんが継いで。今もそこには通ってます。

 祇園を舞台に三つほどテレビドラマの脚本を手掛けました。それらは、おかみがいてくれたからこそ書けたけど、費やした何千万円は経費として認められないんだよね」

 樹木が好きだ。長く北海道に暮らすが、下鴨神社の糺の森の木々に魅せられている。
 「点描画をやっているんですけど、糺の森にある樹木の太さはすごい。北海道は開拓時代に原生林をほとんど伐採しちゃったので広葉樹がほとんどなくなっちゃった。それを探して富良野に行き着いたんですけど、京都の街には自然に残る。

 東京の家は武蔵野の近くなんですけど、あそこは変わっちゃったんですよ。昔の家が相続税を払えなくなり、どんどんなくなって醜悪な街になった。今もその家は持っているんですけど30年以上帰っていない。ふるさとを喪失しちゃった感じ。だから、京都が私のふるさとなんです」

くらもと・そう

「京都はふるさとですね。疎開で岡山県にも一時いて、人生の半分は北海道ですけど、原風景は京都が強い」
「京都はふるさとですね。疎開で岡山県にも一時いて、人生の半分は北海道ですけど、原風景は京都が強い」

 1935年東京都生まれ。東京大文学部美学科卒業。ニッポン放送入社後、63年に脚本家として独立。77年に北海道の富良野に移住。84年から、役者やシナリオライターを養成する私塾「富良野塾」を主宰する。代表作に「前略おふくろ様」「北の国から」「昨日、悲別で」「ライスカレー」など。近著に「見る前に跳んだ」(日本経済新聞出版社)。

【2016年05月21日掲載】