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(14)小説家 花房観音さん×国際日本文化研究センター教授 井上章一さん

現代化が奪うエロス

 アダルトビデオ(AV)がネットで見られたり、女優がファッション雑誌でヌードを披露したりするなど、セックスや性の情報が身近にあふれるようになった。だが情報に触れれば触れるほど、いやらしさは遠ざかるようだ。エロスとは何だろう? 風俗史に詳しい国際日本文化研究センター教授、井上章一さん(61)と、官能や愛をテーマに小説を紡ぐ作家の花房観音さん(45)が語り合った。

露出するほど遠のく官能

お茶室を平安時代の室内に見立て、“夜這(ば)い”をイメージしてポーズを取る井上章一さん(右)と花房観音さん(京都市下京区・徳正寺)
お茶室を平安時代の室内に見立て、“夜這(ば)い”をイメージしてポーズを取る井上章一さん(右)と花房観音さん(京都市下京区・徳正寺)

 井上 私が思春期のころにワクワクした思いを、今の少年たちは抱かなくなっているかも知れないよね。私の少年時代、アメリカの輸入雑誌は股の毛の部分がだいたいフェルトペンで黒く塗られていました。ベンジンで消そうとしたら毛ごと消えてしまった(笑)。

 花房 確かに昔との違いにびっくりする。今はAV男優が出演するイベントに女性が来るし、官能小説も女性が堂々と読みますから。20代のとき、京都市の図書館で団鬼六さんの「夕顔夫人」を見つけて以来、官能小説が好きに。でも当時は女が読んではいけないものだったから、こそこそと隠れて読んだ。それこそ団鬼六賞大賞を取るまで「人に知られたら死ぬ」「結婚できない」と思っていました。

 井上 私の実感では、書店の官能文芸コーナーではおじいさんに出会うことが多い。女性は見ないです。

 花房 女性は電子書籍で読むんですよ。本だと夫や彼氏に見つかる危険があるけれど、スマホは安心で簡単。男性向きの官能小説を雑誌で書く場合は読者層が50~60代なので、ヒロインは30代以上の人妻か、夫を亡くした女。一方、女性向けの官能小説は同性愛、ティーンズラブなどテーマが細分化している。出版社からの書き手募集も多く、1話約40枚なので、割と簡単にデビューできます。

 井上 僕は基本、メカ音痴なので、パソコンは持っていない。潜在意識に「パソコンを持ってしまったら、日常的にいやらしいものが見ることができてドキドキがなくなる」というおびえがあるかも。ときめきを得るのは書店にあるフランス書院(官能小説などを多く手がける出版社)のコーナーです。でも、店員さんから時々「井上さんですか」と声をかけられる。どうかそっとしてほしい…。

■孤独から解放

 花房 草食系男子が増えています。女性対象に悩み相談を受けている知人のAV男優によると、内容のほとんどがセックスレスだそう。確かに周囲で既婚者が集まると「1カ月してない」「私は3年」と自慢大会になる。

 井上 メディアのファンタジーが充実しているから、実際にするより、見ているほうが楽しい時代になったのではない?

 花房 中年童貞も増えていますよね。現実の女性との煩わしさより、ネットは気を遣わなくて楽なのかも。

 井上 かつてと違い、自らを「中年で童貞」だと言いやすい環境にもなりました。

 花房 これもネットで仲間を見つけやすくなったからでは。「自分だけか」と思っていたら、受け入れて許してくれる仲間がいた。

 井上 性的嗜好(しこう)の偏差値というものがあるとしたら、ネットが分布図の裾野を広げたんやろね。昔なら(異性愛カップルを示す)中央部分しか膨らまなかったけれど、今はいろんなカップルが可能になった。仲間が見つかることで孤独から解放された。

「お触り」慈しむ日本文化

御簾(みす)越しに相手を捉えるのも日本ならではの官能の一つ
御簾(みす)越しに相手を捉えるのも日本ならではの官能の一つ

 ■タブーの象徴

 男女雇用機会均等法が施行されて30年。女性の社会進出が促されるとともに、企業のセクハラに関する配慮義務も浸透してきた。

 井上 大正時代に「女性に性欲があるのか」という論争がありました。それを思うと、約100年ですごく変わった。

 花房 ウーマンリブやフェミニズムの影響もあるのでしょう。

 井上 これまでオッサンの社会やったと思うねん。オッサンは色っぽいお姉さんが好き。でもオッサン同士が組み立てた社会に色っぽいお姉さんが来られると、仕事ができない。だから「おまえは銀座のクラブへ。後で会いに行くから」などと言ったんでしょう。

 花房 男が優位に立ちたいがための理屈。「胸の大きい女性は知性がない」と言われたのもその発想ですね。

 井上 「(胸の大きな女性を見たら)わしの知性が崩れてしまう」というオッサンの気持ちの投影でしょう。

 花房 私がバスガイドを始めた二十数年前はセクハラという言葉がなく、運転手やお客さんに体を触られても泣き寝入りしかなかった。今はセクハラに対して厳しくなり、働きやすくなりました。

 井上 肌を出した女性に男が触れると、「そんな格好をする女性が悪い」と言われた時代があった。でもセクハラが認定されてからは、女の人がどんな格好をしても「触る男が悪い」となり、男は「オオカミにはなるまい。自己防衛のため羊になろう」と野性を抑えるようになった。羊が増えると、安心して胸の谷も出せる。

 花房 でも露出すればするほどエロスを感じない。無修正のAVで美しい女優の陰部を見ても、最初は「わっ」と驚くけれど、その後は何とも思わない。AVの撮影現場で、人がセックスするのを見たこともありますが、「性器は体の一部に過ぎない」と気づかされた。エロいのは表情。顔ばかり見てました。

 井上 エロスを感じられない人が多いとするならば、いや応なしに高齢化社会へ向かっているからかもしれないね。日本の人口割合を見ると、「あの人でないと」と心が締め付けられるような思いを持つ10~20代半ばがすごく少ない。それに年を取ると、「この人を好きになるかもしれない。この辺で抑えておこう」と自分の気持ちの処理方法も分かってくる。

 花房 恋愛もセックスもエネルギーが要る。昔は仕事が終わったら好きな人がいる東京へ行き、翌日の始発で京都へ戻って仕事をしたけれど、今は絶対に無理。

 井上 私はメカ音痴と同時に、性的情熱が衰えているという理由もある。書店に行くのも実際は資料探し…。

 花房 性的衝動と官能は違う。井上先生がフランス書院の本を読むのは官能的な意味。男性が風俗店に行くのは性的衝動だと思うけれど、キャバクラでセックスなしの女にお金を払うのが私は理解できない。でも彼らに言わせると、目的はセックスではなく、口説いたり、接したりすることなのだそう。

 井上 それは日本文化やと思う。男性がひ弱になっているという議論もあるが、日本文化が根っからひ弱なのかもしれないね。ブラジルは痴漢がない。ブラジル人から「なぜ触るだけでうれしいのか」と言われて、触るという娯楽を知らないのだと気がついた。ホステスのお姉さんは時々、膝小僧を触らしてくれるかもしれない。その喜びのために、会った時の握手さえいとう。触れる=お触りを慈しむために、日本文化は構築されている。

 花房 日本人はハグもしません。

 井上 うなじも日本文化の一つ。盆のくぼ、えりあしなど、語彙(ごい)が豊富で、見つめることで官能も呼ぶ。

 花房 官能小説でも、「ほつれ毛がうなじに汗で張り付いて」など、必ず描写します。

 井上 互いに触れず、じっと見ることも申し訳なく思う。我々はささやかな官能をさも大きいかのように育んできた。

 花房 官能、エロスは後ろめたさであり、背徳感。タブーの象徴です。

 井上 食事が欧米化していることもあって、日本の女性の胸はものすごい勢いで大きくなっている。でも日本文化は奥ゆかしいので、ふくらんでいる乳を持て余しているのが、現代の様相ではないでしょうか。

小説家 花房観音さん

花房観音さん

 はなぶさ・かんのん 1971年兵庫県生まれ。京都女子大中退後、映画会社や旅行会社などの勤務を経て、2010年に「花祀り」で第1回団鬼六賞大賞を受賞してデビュー。現役のバスガイドでもある。著書に「女坂」「花びらめくり」「情人」など多数。

国際日本文化研究センター教授 井上章一さん

井上章一さん

 いのうえ・しょういち 1955年京都市生まれ。京都大工学研究科修士課程修了。専門は建築史、意匠論だが、性の文化にも詳しく、「性欲の文化史」「性的なことば」「パンツが見える。」などの本も多く手がけている。

【2016年12月08日掲載】