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(49)大欲は清浄を得る

世のため使ったお金、全体を豊かに

 アメリカ合衆国のトランプ大統領が語る言葉は、就任演説をはじめ、あらゆるシーンにおいてナショナリズムのオンパレードである。政治的指導者が国益を守るべき立場にあることはわかるけれども、これほど露骨だとどうしても反感を覚える。

 そんななかでふと思い出したのは、密教経典の一つである『理趣経』の「大欲は清浄を得て、大安楽にして富饒(ふじょう)(富んで豊かなこと)なり」という言葉だった。仏教は「あらゆるものへの執着を離れよ」と説くから、「無」の哲学と言われる。しかし、財産や名誉などへのとらわれを捨てていくと、自分と他人の境界線はなくなってくる。すなわち、「無」を志すということは、あらゆるものが手を取り合って、大いなる「有」を願うことでもある。仏教学者の故梶山雄一氏は、「人と動物、植物、土壌とを一体と見る意識を要求している」という点において、仏教の世界観は極めて現代的だと言った。トランプ大統領は、「私たちは大きく考え、大きな夢を見るべきです」と語ったが、せっかく大きな夢を見るのなら、世界全体を安楽へと導いてほしい。

 私は常々思うのだが、自分の飲み食いに使ったお金は死後に残らない。しかし、世の中のために使ったお金は後々まで社会全体を豊かにしていく。無数の方々の寄進によって支えられてきた神社仏閣などは、まさにその最たる例である。

 昨年が創建から400年の節目だった自坊は、これを勝縁に瓦の葺(ふ)き替えなどの事業を行うため寄付のお願いをしたところ、多くの方が賛同してくださった。なかには金銭的余裕のない方もあった。毎月生活費を切り詰めても真摯に寄付を納めてくださる姿に、「ああこれが『大欲』か」と、本当に頭が下がる思いがした。

 私たちは何げなく文化的に豊かな生活を享受しているが、その背後には、はるか昔からの無数のこのような「大欲」の積み重ねがあるにちがいない。私たちもまた、この豊かさをただ浪費するのではなく、未来に伝えていきたいと願って、「大欲」を抱いて生きるべきだと思う。

(池口龍法・「フリースタイルな僧侶たち」前代表、龍岸寺住職)

【2017年02月07日掲載】