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美術家 若木くるみさん

笑う後頭部、生まれるつながり

体を張って閉塞感突き破る

母校の体育恩師に時々、ランニングフォームの助言を求める。天気も良く、後頭部の顔もうれしげだ(京都市西京区・京都市立芸術大グラウンド)
母校の体育恩師に時々、ランニングフォームの助言を求める。天気も良く、後頭部の顔もうれしげだ(京都市西京区・京都市立芸術大グラウンド)

 おかっぱの後頭部が青空に笑っている。

 若木くるみは「走る芸術家」だ。ただ走るのではない。300キロを超える過酷なウルトラマラソンを走破する。そり上げた後頭部に顔を描いて。身体を題材にパフォーマンスや映像、絵画へ発展させる。

 大学3年の時、第1回東京マラソンの参加が始まりだった。その2年前の初マラソンは完走したが、「本当に長くてつらかった」。ただもっと印象に残ったことがあった。前を走るランナーはみんな後頭部しか見えない。「どうせつらい思いをするなら、作品にならないか」。丸坊主にして後ろに顔を描いて走った。作品化ばかり考えていたが、大勢のランナーに声を掛けられた。ただ黙々と走るだけの一群の中に関係性が生まれ、コミュニケーションが紡がれた。人との関わりの中にこそ自分はある、世界はある。映像を交えた作品「剃(そ)って走って」は、学内で大きな反響を呼んだ。

若木くるみ「面」 2009年 写真提供:川崎市岡本太郎美術館
若木くるみ「面」 2009年 写真提供:川崎市岡本太郎美術館

 身体はキャンバスとなり、彫刻となり、モチーフとなった。一躍脚光を浴びたのは岡本太郎現代芸術賞展・太郎賞だ。婚活をテーマに、自らが作品の一部と化した。巨大な一万円札の中央の穴に、後ろ向きにウェディングドレス姿の作家が立った。のっぺらぼうの後頭部に、観客は作家と会話しながら目鼻口を描き入れる。福沢諭吉は「厳格な父」となった。審査員たちは、歴代で「太郎度」が突出していると評した。切実な状況さえ消費する閉塞(へいそく)した現代を、明るく突き破って見せた。

合わせ鏡を使って、そり上げた後頭部に油性マジックで顔を描き入れる
合わせ鏡を使って、そり上げた後頭部に油性マジックで顔を描き入れる

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 原点は、美術家榎忠の作品だ。体中至る所の毛を半分そり残して行ったパフォーマンス「ハンガリー国へハンガリ(半刈り)で行く」に衝撃を受けた。「美術って難しいと思ってたけど、面白いことしていいんだ」。その後、若木は「全刈りなのにハンガリーに行く」を敢行している。「こういうことやっていてなんですけど、結構引っ込み思案なんです」という。「後頭部の絵も、人目を気にしすぎるところから始まった。正面じゃなくて、困ったら後ろを向く。性格が後ろ向きなんです」

 強じんな肉体。走歴は華やかだ。246キロのギリシャ・スパルタスロンで世界9位、333キロの台湾・環花東超級マラソンで女子優勝。このレースは6日間寝泊まりして走り抜けた。今年5月、福井・小浜から京都・出町柳まで77キロの鯖(さば)街道マラソンに参加。冷凍の鯖を体に巻いて激走した。「最初は凍っていて気持ちいいんですが、途中から死体を運んでる気になりました」。ゴール後はみそ煮にして食べた。

「のっぴきならない遊動」展の若木くるみの展示(京都市中京区・京都芸術センター)
「のっぴきならない遊動」展の若木くるみの展示(京都市中京区・京都芸術センター)

 これらのレースを題材にした作品が、京都芸術センターの3人展「のっぴきならない遊動」(7月2日まで)で展示中だ。4階和室では、くるみワールドが全開。畳をバーナーで焦がしてスパルタスロンを走る絵を描き、畳上の座布団をエーゲ海に浮かぶ島に見立てた世界が広がる。最近出演したテレビ番組のセットも再現。並ぶ審査員の絵の一人には、会場の監視ボランティアの人に扮してもらう。従来の作品と違い、作家が常駐しない点をクリアした。「ものづくりの楽しさにようやく目覚めた。いいきっかけになりました」。次の目標は9月のスパルタスロンで世界1位をとることだ。

わかき・くるみ

 1985年北海道生まれ。2008年京都市立芸術大卒業。09年岡本太郎現代芸術賞展太郎賞、13年六甲ミーツアートでグランプリ。同年、台湾の環花東超級マラソン333キロ女子優勝。

【2017年06月24日掲載】