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(16)Nさんの家

京都猫文字日記
いしいしんじのノートより

 左京区のこの家に越して1年が過ぎた。実感としては地球が太陽のまわりを12、3周はしたくらい、濃密でスケールの大きな1年だった。何十年ぶりかの再会があり、新たな出会いもあったが、それらを振り返ってみると、何十年かけて1周する円弧の上にちょうどその人らが乗っていたり、新しいそのつながりがもう何百年も前から決まっていたかのように感じられるのが、京都の濃厚さ、スケール感のあらわれでもある。

 この家には、もともと大家さんの高齢のお母さん、Nさんが、ひとりで丁寧に住んでいた。不動産屋さんに案内され、初めて玄関の土間に足を踏み入れた瞬間、「この家、女の人や」と直観し、口に出してそうつぶやいてしまった。他にも数件の家を見たが、もうこの家に背中までくるまれてしまっているように感じ、下見の1週間後には借りることが決まった。その翌週、前年までこの家を借りて住んでいたというオランダ人が、僕の親しくしている文芸編集者の、京都での学生時代のルームメイトだったことがわかった。さらに驚いたことに、この家に初めて入ったふた月前、三浦半島の魚屋で、僕とそのオランダ人は顔を合わせ刺身をつついていた。京都に移るなどまだ考えもしなかった時期のことだ。

 引っ越してふた月経った去年の4月、熊野神社のお祭で、近所の人たちと表に出て、馬や小さな鼓笛隊の行列を見ていると、大家さんの奥さんが自転車で滑らかに現れた。もちろんこのお祭には昔から慣れ親しんでいる。嬉(うれ)しげに行列を見やりながら、いしいさん、ふしぎなことがあったんですよ、といった。

 Nさんは実は長年の不調で、大家さんのお宅で在宅介護を受けており、それでこの家をオランダ人に貸すことになった。彼が外国へ帰り、1年間空いていたが、それは流行の雑貨屋やカフェでなく、ちゃんと普通の家として生活をしてくれる人に借りてほしいためだった。床についたNさんは、言葉がもう交わせず、目の前の相手が誰かわからないほどになっていた。なのにある朝、突然ほたほた笑いだし、手を叩(たた)いたり声をあげて騒いだりしてエネルギーが眩(まぶ)しくはちきれんばかりにはしゃいだ日があった。それがね、2月19日なんです、と大家さんはいった。僕はアッと思った。2月19日いうたら、ねえ、いしいさんらがここへ越して来はった日ですやん。

 大家さんの家とこの家とは、琵琶湖疏水をはさんで200メートルほど離れているが、床で眠るNさんの実感として、そんな数字に意味はなかった。Nさんのからだは目は見えない縁のトンネルを通し、この家の空間にじかにつながっていたのだ。僕たちが不器用に床を拭き、掃除機をかけるその家の揺れ動きを、さぞ身の内でくすぐったく感じたろう。

 その春、Nさんはこの世からそっと歩み去ったけれども、1年経ったいまもたしかにこの家にはつながっていて、僕の家の営みを、ほんのそばで見守ってくれている気配がある。(作家)
=おわり

【2010年3月15日掲載】