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ヴライト技研社長 野田春夫さん(71)

メッキ専業会社として独立 絶えずさびとの戦い
野田春夫さん

 −会社設立の経緯を教えてください。

 「24歳から2年間、大阪市立工業研究所でメッキの基礎を学びました。その後、福知山市の実家に帰って別業種の会社勤めと農業をしていましたが、知り合いに声をかけていただき京都市内のメッキ専業会社に就職しました。『30にして立つ、40で迷わず』を生活信条にしていましたが、その通りに30歳で独立しました」

 −独自の工夫で業績を伸ばしたそうですね。

 「独立時に、銀と銅を変色させない硬質被膜化処理と永久にさびないメッキの仕方を独自に開発しました。最初は見向きもされませんでしたが、特殊な合金を変色させない処理の仕事を受注。その後も電気機器などの軽薄短小化が急速に進む中で、アルミニウムの硬質被膜化処理の受注が順調に増えました」

 −新たな技術を探求し続けていますね。

 「旅行に行っても温泉を少し持ち帰り、腐食の違いを確かめるなど、絶えずさびとの戦いです。今後、さらに自然志向が強まるでしょうし、樹液や柿渋など何か自然界のもので表面処理ができないか考えています。大きなことはできずとも、少し特徴を出すだけで受注につながる。他社と違うことを行う自負が、従業員のモチベーションもあげてくれます」

 −昨秋の商工会フェスタで技術の一端を紹介したそうですね。

 「水にぬれない表面処理技術を見ていただきました。金属の板の表面に撥水(はっすい)処理を施したもので、船体などに使えば速度があがって燃費の向上などにも役立つ処理法ですが、視覚的にもインパクトはあったと思います。市民の方々に地元企業の業務を少しでも知っていただき、理解してもらうことで企業運営もしやすくなります。今回は特に、子どもたちが興味を持ち、そこから親しくなれてうれしかった」

 −米国の金融危機に端を発した不況の影響を受けましたか。

 「主に自動車と半導体製造装置、電子機器、精密機械の4分野で受注していますが、昨年11月から自動車関連の落ち込みが著しく、1月には10分の1までになりました。過去の経験で、受注の比率を分散して請け負っていましたが、それでも影響は大きかった。ただ、在庫整理が進んだこともあってか、受注が戻る雰囲気が出始め、気持ちのうえで明るくなってきました」

 −地域経済の方向性などを話してください。

 「商工会の工業部会長をしていますが、意見交換を通じて会員の方々の会社が優れた技術力を持っておられると感心しています。常々、その力を結集できる仕組みがつくれないかと思っています。例えば地域の大手メーカーの受注を、協力して地元で請け負えれば互いにメリットは大きいはず。長岡京市の工業部会だけでも80社以上あるわけですから、力を合わせれば何かできると思うんです」
=おわり

<企業メモ>
 本社・長岡京市勝竜寺宮田。1968年5月に京都市で創業し、翌年4月に向日市に移転。85年に長岡京市の工場を新設。94年に本社を同工場に移し、2001年に向日市の工場も移転した。資本金1000万円。パートを含む従業員数28人。売上高約3億円。

[2009年3月31日掲載]