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(21)小鶴線 後編(南丹市、福井県おおい町、小浜市)

新幹線希望も果たせず
川合バス停近くに残っていた国鉄時代からのバス車庫(南丹市美山町鶴ケ岡)
川合バス停近くに残っていた国鉄時代からのバス車庫(南丹市美山町鶴ケ岡)

 南丹市の日吉駅と福井県小浜市の小浜駅を結ぶはずだった小鶴線。開業後の赤字が懸念され、着工までに至らず幻となった。名前の由来となった南丹市美山町鶴ケ岡から小浜市までタクシーやバスを乗り継ぎ、「仮想乗車」した。

 日吉駅から南丹市営バスに乗り、鶴ケ岡を目指す。この付近のバス路線は当初、鉄道省営(後の国鉄)バス京鶴線の一部として開設された。国鉄から路線を引き継いだ西日本ジェイアールバスは1994年に美山町から撤退したが、かつてのバス車庫が、鶴ケ岡の一つ手前、川合停留所近くに現存するという。

 川合で降りて歩き出す。小さな駐在所の南側に大型の車庫があった。バス3台は収容できそうだ。現在も観光バス会社の車庫として使われている。往時はツバメマークの国鉄バスが止まっていたに違いない。鉄道が開通していれば、駅に転用されていたのだろうか。

	鶴ケ岡バス停に止まる南丹市営バス。これ以北にバス路線はない(南丹市美山町鶴ケ岡)
鶴ケ岡バス停に止まる南丹市営バス。これ以北にバス路線はない(南丹市美山町鶴ケ岡)

 北へ向かって歩き鶴ケ岡のバス停に向かう。ちょうど、先ほど乗ってきたバスが、折り返して出発していくところだった。車内の乗客の姿は、1人しか見えなかった。

 ここから、さらに北へはもうバス路線がない。事前に予約しておいた地元のタクシーに乗り込む。運転手は京都みやび交通の仲江佐代さん(45)。

 バスからの乗り換え客で北の若狭方面へ向かう客はいるのか聞いてみた。「バスの車内を見たでしょ。あの様子では、そんなお客さんはいないですよ」と苦笑する。記者の旅の目的も話した。「鉄道建設の話は聞いたことないですね」

 美山地域の名前の通り、緑の美しい山が続く。タクシーは国道162号線をひた走り、10分ほどで京都・福井府県境の堀越峠のトンネルに差し掛かった。

 80年代、国鉄分割・民営化が決まり、小鶴線の敷設は難しくなった。90年に出版された「日吉町誌」は「国鉄小鶴線」の一節を設け「まぼろしの鉄道になるか」との副題を付けている。

丹波地方に新幹線新駅建設を目指した北陸新幹線口丹波建設促進協議会の発足を伝える京都新聞記事(1973年8月17日付)
丹波地方に新幹線新駅建設を目指した北陸新幹線口丹波建設促進協議会の発足を伝える京都新聞記事(1973年8月17日付)

 その代わりに、沿線の人たちが期待を高めていったのが北陸新幹線だ。当時の1市8町は北陸新幹線口丹波建設促進協議会をつくり、丹波地方の新駅誘致へと動いた。2005年の「日吉町誌平成版」では小鶴線の記述は消え、「新幹線の実現にむけて」の項目が登場している。

 しかし16年12月、北陸新幹線は小浜駅からまっすぐ南下し京都駅に向かうルートに決まり、丹波地方は経由しない見通しとなった。大正期以来の悲願は、今や風前のともしびだ。

京都-鶴ケ岡間のバス運行開始を告示する1937年3月25日付の官報(国立国会図書館蔵)
京都-鶴ケ岡間のバス運行開始を告示する1937年3月25日付の官報(国立国会図書館蔵)

 タクシーは堀越峠を越え、福井県おおい町に入る。府県境北側のところに「道の駅名田庄」があった。ここから小浜駅までは、バス1本だ。

 前方の座席から窓外を見ていると、各停留所で乗客が待っていた。しばらくして車内を振り返ると、バスの座席はほぼ満席で、立っている人さえいた。

 京都駅を出発し、約5時間。バスはのどかな田園風景を抜け、小浜市街地へと入っていく。車内には乗客たちの会話の声が響く。こんなにぎやかな列車が行き来するのを、小鶴線敷設に励んだ人たちは思い描いていたに違いない。

国鉄バス京鶴線

国鉄バス京鶴線
 1937年3月に鉄道省営バスとして京都駅-鶴ケ岡間に開設された。戦後の一時期には、福井県小浜市の小浜駅まで延長運転も行われた。しかし、その後路線見直しが行われ、現在は京都駅-周山(京都市右京区京北)を西日本ジェイアールバスが高雄・京北線として運行している。

【2017年11月10日掲載】