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(13)加悦鉄道

往時の姿しのぶ仕掛け
トイレやベンチのある休憩所として整備されている水戸谷駅跡=京都府与謝野町上山田
トイレやベンチのある休憩所として整備されている水戸谷駅跡=京都府与謝野町上山田

 バブル景気前夜の1985年、京都府北部で小さな鉄道会社が約60年の歴史に幕を下ろした。特産の丹後ちりめんを載せ、加悦谷を走った加悦鉄道だ。今や自転車道となった線路跡を歩き、その歴史をたどった。

 加悦鉄道は、国鉄の通らなかった地域に鉄道を敷設しようと、1926(大正15)年、京都府与謝野町内の丹後山田-加悦間で開通した。廃線後、5・7キロの線路跡を、府が「加悦岩滝自転車道線」として整備した。

 始点駅は、現在の京都丹後鉄道与謝野駅だ。以前は国鉄宮津線丹後山田駅といい、乗換駅として栄えた。駅舎に「丹後山田駅資料室」が併設され、かつての駅構内を再現したジオラマも設置されている。加悦鉄道の時代にタイムスリップする入り口としてはぴったりな仕掛けだ。

 駅の南側に出ると自転車道がある。これが線路跡だ。すぐそばに「丹後山田駅跡」と書かれた駅名標のような看板もあった。同鉄道の遺構保存などをするNPO法人「加悦鐵道保存会」が各駅跡に設置したもので、駅の歴史などが記されている。

 延々と幅2メートルほどの自転車道が続く。行き交う人はまばらだ。与謝野駅から歩き出して約20分。国道を越えると突然、黒一色だった自転車道の舗装が変わった。枕木やレールが描かれている。水戸谷駅跡に着いたようだ。

1964年の丹後山田駅(現在の京都丹後鉄道与謝野駅)。右側に加悦鉄道の気動車が見える=与謝野町
1964年の丹後山田駅(現在の京都丹後鉄道与謝野駅)。右側に加悦鉄道の気動車が見える=与謝野町

 保存会の篠崎隆さん(76)によると、沿線の駅跡5カ所には同じ線路の模様が描かれている。府が2年前から整備しており、篠崎さんは「加悦鉄道を知ってもらうきっかけになればうれしい」と話す。

 駅舎跡には休憩所としてトイレやベンチがあり、列車さながら「一時停車」できる。さらに歩を進めると、丹後四辻駅跡の手前で「ガシャーン、ガシャーン」という音が聞こえてきた。規則正しいリズム。丹後ちりめんを織る音だ。線路際の民家で織機が動いているらしい。すぐ横を蒸気機関車が走り、異なる機械音の共演は他地域にはない魅力だったろう。

 加悦鉄道の開業わずか4カ月後の1927(昭和2)年3月、北丹後地震が発生した。駅舎が倒壊、焼失するなど大きな被害を受けたが、いち早く復旧し、復興にも貢献したという。

 戦後は、日本冶金工業岩滝精錬工場(現大江山製造所、与謝野町)から丹後山田駅までの貨物列車の運行受託が会社の経営を支えた。しかし、1980年代の国鉄改革の一環で貨物列車は削減され、国鉄宮津線の貨物列車も廃止となった。運行受託もなくなり、経営が悪化した加悦鉄道は姿を消すことになった。線路は撤去され、89年から順次、自転車道として整備された。

 与謝野駅から徒歩で約1時間半、ようやく加悦駅跡に着いた。廃線まで非電化だった路線だが、次回は電動自転車にまたがって「電車気分」で線路跡を爽快に走ってみたいと思った。

加悦駅舎を移した加悦鉄道資料館(与謝野町加悦)
加悦駅舎を移した加悦鉄道資料館(与謝野町加悦)

加悦鉄道

加悦鉄道

 京都府与謝野町の丹後山田-加悦間を走っていた。線路跡を歩くことができる。同町には与謝野自転車商協議会によるレンタサイクルがあるが、貸し出しは4~12月のみ。加悦駅跡付近には駅舎を移した「加悦鉄道資料館」(土日開館)や、「ちりめん街道」で知られる国の重要伝統的建造物群保存地区もある。

【2017年01月20日掲載】