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カジやんの撮り鉄日記
京都新聞の撮り鉄カメラマン"カジやん"が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

(53)車両連結器

4万両超を2日間で交換
230形蒸気機関車のねじ式連結器
230形蒸気機関車のねじ式連結器

 車両と車両をつなぐ連結器。現在は自動連結器などが使用されているが、日本での鉄道開業後しばらくの間はリンク式(ねじ式)の連結器が使われ、一両ずつ手作業で連結と解放を行っていた。

 この作業は非常に重労働である上に、車両の間に入って行うため危険を伴い、実際に事故も少なくなかった。また、大掛かりな連結器の修繕などの手間や費用も要した。

 さらに輸送量の増加に合わせて、列車の連結両数も増やす必要があったが、強力な機関車を配置しても連結器の強度不足が原因で、連結両数を制限される問題点もあった。 

1800形蒸気機関車と三等客車(複製)を連結するねじ式連結器
1800形蒸気機関車と三等客車(複製)を連結するねじ式連結器

 そこで1918(大正7)年、自動連結器に取り換える計画が持ち上がり、翌年から準備が進められた。だが問題は、膨大な数の連結器をいつ交換するかだった。時間をかけて行うと、その間は連結器の異なる車両が連結できず、列車の運行に支障を来すためだ。

 機関車と客車は車両の運用計画を考慮して、順次取り換えることになった。一方、計画の大部分を占める貨車は貨物列車の運転を1日止めて一斉に行うこととし、膨大な両数ゆえに完遂は難しいという見方も当初はあった。

 準備には長い年月がかけられ、綿密な計画だけでなく作業の訓練まであった。そして、取り換え作業は25(同14)年7月に行うことが決定した。

 機関車約3300両と客車約9千両のほとんどを7月1~10日に取り換え、貨車は他線との連絡がなかった徳島線と高知線を除き、本州は17日、九州は20日に終日運休して行うことを決めた。

 貨車は本州と九州で作業日が異なったが、計2日間で4万1千両以上もの連結器が取り換えられた。作業は朝5時ごろから始まり、普段は車両の業務でない職員も参加して、関係各所総動員で夕刻にはこの一斉取り換えを成功させた。

 これは世界的にも珍しいケースで、連結器取り換えが同様に課題となっていた欧州各国から多くの注目を集めたほか、要人やアメリカの自動連結器メーカーからも作業の見学に訪れた。

C51形蒸気機関車の自動連結器
C51形蒸気機関車の自動連結器
 当館で展示している230形蒸気機関車や、1800形蒸気機関車は、この取り換え前に使われていたねじ式連結器を備えている。その他の実物車両の多くでは自動連結器や密着連結器を見ることができる。

 迫力のある車体に目が行きがちだが、大正期に行われた熱い大作業の1日に思いをはせながら見学するのも、また楽しい。(京都鉄道博物館学芸員 飯田一紅子)

【2017年05月23日掲載】