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カジやんの撮り鉄日記
京都新聞の撮り鉄カメラマン"カジやん"が、1978(昭和53)年から現在に至るまで、京都を中心に日本全国で撮影した鉄道写真を紹介します。

(68)梅小路仮駅と梅小路駅

臨時停車場跡周辺に貨物駅
梅小路仮駅で撮影された、関係者による記念写真=1911(明治44)年4月撮影、京都鉄道博物館所蔵の写真帖から
梅小路仮駅で撮影された、関係者による記念写真=1911(明治44)年4月撮影、京都鉄道博物館所蔵の写真帖から

 1870(明治3)年、大阪-神戸間で鉄道建設が開始され、74(同7)年に開通した。京都-大阪間の建設も73(同6)年に始まり、76(同9)年に大阪-向日町間が完成。同年9月には、京都の大宮通塩小路西に大宮通仮停車場が開設され、京阪神間が鉄道で結ばれた。

 77(同10)年、七条通塩小路南に初代京都駅(七條停車場)ができると、仮停車場はその役目を終えた。

 時代が下って1910(同43)年には、仮停車場からほど近い梅小路の地に、梅小路信号所が設置された。信号所とは、信号機を取り扱うために設けられた場所である。

移転前の梅小路駅の遠景。中央付近が同駅、手前は梅小路蒸気機関車館(現・京都鉄道博物館)=昭和50年代撮影
移転前の梅小路駅の遠景。中央付近が同駅、手前は梅小路蒸気機関車館(現・京都鉄道博物館)=昭和50年代撮影

 さらに11(同44)年には、東・西本願寺の大遠忌(親鸞650回忌)と、知恩院での遠忌法要(法然700回忌)に参拝する団体客専用の駅として、梅小路仮駅(梅小路仮停車場)がつくられた。

 これは、遠忌参拝の団体輸送によって京都駅が大混雑するのを避けるための対策だった。当初、遠忌の参拝者は全体で60万人程度と見込まれていたが、実際は100万人を超えたともいわれる。

 その所在地は現在の梅小路公園周辺だったと考えられているが、明確な位置は分かっていない。大宮通仮停車場の跡地などを利用したともされるが、詳細は定かでない。当初から期間限定の臨時駅として開設され、遠忌終了後に閉鎖されたこともあり、同駅に関する史料が乏しいためだ。

 なお、梅小路公園の東(梅逕(ばいけい)中学校の跡地付近と推定される)には、現在の山陰本線の前身である京都鉄道が1897(同30)年に開業し、1911年に廃止となった大宮駅も所在した。

 大正時代に入ると、それまで旅客と貨物を取り扱っていた京都駅から貨物が分離され、13(大正2)年、梅小路周辺一帯に貨物専用の駅として梅小路駅が開設された。

 同駅は87(昭和62)年の国鉄民営化に伴い日本貨物鉄道(JR貨物)の駅となり、90(平成2)年に現在の下京区頭町へ移転した。移転後の跡地が今の梅小路公園周辺である。そして、2011(同23)年に京都貨物駅に改称され現在に至っている。

鳥瞰図「梅小路駅を中心とせる京名所御案内」(部分)。昭和初期の同駅周辺の様子が描かれている=1930(昭和5)年発行
鳥瞰図「梅小路駅を中心とせる京名所御案内」(部分)。昭和初期の同駅周辺の様子が描かれている=1930(昭和5)年発行

 当館では、梅小路駅関連の展示品として、1930(昭和5)年発行の鳥瞰(ちょうかん)図「梅小路駅を中心とせる京名所御案内」を展示している。約90年前の当館周辺の様子を知ることができるこの資料を、来館の折にはぜひ、見学していただきたい。(京都鉄道博物館学芸員 廣江正幸)

【2017年09月19日掲載】