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高久智広氏 兵庫開港と京・大坂の政局

高久智広氏 たかく・ともひろ 1972年生まれ。日本近世史。98年から神戸市立博物館勤務。「松方コレクション展―松方幸次郎 夢の軌跡」などを担当。編著に「紀州藩士酒井伴四郎関係文書」。


 昨年から今年にかけて、大政奉還や明治維新、開港150年の節目を記念するイベントが、日本各地で開催されている。私たちは今、時代の転換の意味を改めて問い直す時期を迎えているということだろう。
 私が勤務する神戸市立博物館でも昨年8月から9月にかけて、神戸開港150年を記念する特別展「開国への潮流-開港前夜の兵庫と神戸」を開催した。この展覧会では、幕末期に兵庫の町役人たちが記録した数冊の会所日記も展示した。それぞれ厚さ5センチにも及ぶ分厚い書冊で、情報量は極めて豊富である。
 これらをひもとくと、そこには約230年ぶりとなる将軍徳川家茂の上洛や大阪湾の防備策立案のために派遣された老中格小笠原長行ら幕府重役らの視察、勝海舟率いる軍艦方による大阪湾の測量や蒸気艦船の燃料となる石炭の供給体制の構築、兵庫と西宮での台場群の築造、長州征討に向かう兵員・物資の蒸気艦隊による輸送に関する事柄など、彼らが関わった幕府御用の実態が克明に記されている。
 恐らくこれらの御用は、以前には経験したことのない事ばかりであり、それゆえ詳細に記録する必要があったのである。
 当時の幕府は、朝廷との関係においては、いまだ得られていない兵庫開港の勅許を得るため、攘夷(じょうい)実行の具体策を示し、自らが朝廷を守護する主体であることを明示することが求められた。一方、対外的には遣欧使節団を派遣して「ロンドン覚書」を締結し延期した江戸・大坂の開市、兵庫・新潟の開港期限に向け、その準備を進める必要もあった。
 幕府が兵庫・神戸港域で計画・実施した海軍の拠点港整備や西洋の近代的築城術に学んだ台場群の築造、海軍操練所や造船所建設などの諸政策は、幕府が直面していた矛盾する政策課題の克服へむけた取り組みであった。そこでは本音と建前が大きく交錯するが、これらの施策が後に国際港都として花開く近代神戸の礎を準備したのも事実である。
 御用を奉じて兵庫に出役した大坂町奉行所与力・八田五郎左衛門は、こうした開港前夜の兵庫の状況を「三都」すなわち江戸、京・大坂を中心に展開する全国的な「御変革」のただ中にあると表現し、兵庫町方に幕府への協力を強く求めた。
 このように、八田が「御変革」と捉えた時代の転換点の正体は、京・大坂を表舞台として繰り広げられる政局だけでは明らかにならない。兵庫をはじめ諸施策が具現化される最前線の現場を見据えてこそ、その輪郭をよりあらわにするであろう。

(神戸市立博物館学芸員)

[京都新聞 2018年01月19日掲載]