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小玉武氏 アンクルトリスの京都望郷

小玉武氏 こだま・たけし 1938年生まれ。サントリーの前身・寿屋で開高健、山口瞳らと広告制作に携わる。「ニューズウィーク日本版」創刊に参画。著書に『「洋酒天国」とその時代』(ちくま文庫)ほか。


 今年は「琵琶湖周航の歌」誕生100周年という。
 一昨年の8月、惜しまれて他界した柳原良平が、このことを知ったらどんなに懐かしく思ったことだろう。国民的キャラクター「アンクルトリス」の生みの親にして、わが国屈指の船の画家である柳原は、小学1年生の時、琵琶湖で初めて遊覧船に乗り、船の魅力に目覚めた。その時、この歌を口ずさんだ。幼児の頃から画才を発揮して船の絵ばかりを描いていたというが、実際に乗船した体験は生涯忘れられない感動だった。
 周航の歌は大正6年、旧制三高のボート部員小口太郎の作詞。吉田千秋の曲に乗せて歌われ、三高の寮歌ともなった。良平の父がよく歌っていた。父賢太は三高、京大の出身だ。良平は東京の阿佐ケ谷の生まれだが、しかし京都、滋賀とは格別深い縁をもつ。母方の曽祖父の西村捨三翁が第十四代彦根藩主井伊直憲公に仕えている。良平が父の転勤で京都に移住したのが6歳で、翌昭和13年に京都師範付属小学校(現・京都教育大付属小)に入学している。
 良平は同19年旧制府立一中(現・洛北高)に入学するまで京都で育つが、さらなる父の転勤や戦後の学制改革に遭遇して、兵庫県立尼崎高校を同25年に卒業。しかし、京都府立一中での生活は戦争中でもあり、また短期間ではあったが、天文部に入って天体望遠鏡を使いこなし、舌をチョロチョロ出す癖のある担任教師に「シジミ」という綽名(あだな)をつけ、数々のいたずらに励んだ。成績良好で、尼崎高校を卒業。4月、京都市立美術大学(現・京都市立芸術大)に入学した。良平には京都への帰巣本能があったに違いない。
 同大学4年の時、父の縁で三和銀行(現・三菱東京UFJ銀)の大阪本店業務部で広告制作のアルバイトを始めた。それがきっかけで、上司の山崎隆夫が寿屋(現・サントリー)宣伝部長へ、佐治敬三のひきでスカウトされた折に、ともに同社に入社。開高健と組んで活躍する。PR誌『洋酒天国』やウイスキーを担当して、ひと捻(ひね)りある省略の効いた「アンクルトリス」の名作広告を生んだ。
 あちこちにトリスがしゃがむ曼珠沙華(まんじゅしゃげ)-坪内稔典
 この有名な一句に詠みこまれた「トリス」は、むろんアンクルトリスだ。俳句の絶妙な素材ともなった。同30年、かほる夫人と結婚。翌年良平は18年間過ごした関西を離れ、開高とともに東京支店に転勤。やがて横浜に定住する。しかし、良平の心のふるさとはどこまでも京都だった。

(作家)

[京都新聞 2017年08月18日掲載]