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五百旗頭真氏  今、求められる日本人の成熟

五百旗頭真氏 いおきべ・まこと 1943年生まれ。日本政治外交史。防衛大学校長、東日本大震災復興構想会議議長などを歴任。現在、熊本県立大学理事長、ひょうご震災記念21世紀研究機構理事長。


 戦前の日本はアジアで唯一近代化された軍隊を持っており、従って戦えば必ず勝てた。それをいいことに戦闘につぐ戦闘にのめり込んだ満州事変以後の日本だった。「国大なりといえど、戦好まば必ず亡(ほろ)ぶ」との東洋の格言通り、1945(昭和20)年に国を滅ぼす結果となった。
 それに懲りた戦後日本は、経済を中心に平和的発展を求めた。奇跡の高度成長と評された60年代に見るように、それは成功した。敗戦直後には二度と並び立つことはできないと思っていた西欧諸国に、60年代後半の日本はGNP(国民総生産)で次々に追いつき追い越した。
 日本人は息を吹き返した。それでいて、経済一辺倒でいいのかという自問も時として起きた。エコノミック・アニマルであってよいと日本人も思っていない。せめてエコノミック・マンでありたいし、重視すべき他の側面もあろう。
 「国家は力の体系であり、利益の体系であり、価値の体系である」(高坂正堯『国際政治』)。経済再生を遂げた以上、やはり本格的な再軍備を行うべきではないか。だが、あの戦争の誤りだけは繰り返したくない。では、経済中軸にまず加えるべきは何なのか。
 戦後日本は自ら平和的な経済発展の道を選んだだけでなく、アジアの新興国や多くの途上国が平和裡(り)に豊かさへの道をたどってほしいと願った。戦後賠償も終わらないうちに、日本は政府開発援助(ODA)を開始した。近い過去に苦しみ近代化を遂げた日本だけに、日本の援助は心がこもっており、実際的だった。
 心がこもる側面を純化したのが65年に始まった青年海外協力隊の活動である。日本の若者が途上国の村落レベルにまで入り、その地の人々と2年間コミュニティーを共にしながら生活改善を求める。それを見た人々は日本人を敬愛せずにはおれない。
 77年、福田赳夫首相はマニラのASEAN首脳会談に招かれて語った。「日本は経済大国になっても軍事大国にはならない」「アジアの諸国民と心と心のふれ合う友好を築く」「地域全体の経済発展に力を尽くしたい」と。72年に設立された国際交流基金を中心に、世界各地との双方向の文化交流を通して相互理解を深める活動も加わった。戦後日本の人と文化を大切にし支えようとする生き方は、経済一辺倒を超えるもうひとつの軸を構成しているといえるのではなかろうか。
 文化庁が京都に移される今、日本の「価値の体系」としての文化活動が成熟するのを心待ちにするのは、日本人だけではないことを知るべきである。

(政治学者)

[京都新聞 2017年02月24日掲載]