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(12)快適追求の陰に危うさ <連載「いのちとの伴走」を終えて>

科学は従来の生命像を塗り替えてきた。だがどんな技術にも光と影の両面がある(コラージュ)
科学は従来の生命像を塗り替えてきた。だがどんな技術にも光と影の両面がある(コラージュ)

 科学技術の成果は現代社会の隅々まで張り巡らされ、生の形を変えてきた。だが、快適な生活が実現していく陰には、危うさも潜んでいる。

 将来、ロボット技術や遺伝子操作による身体の改変が進めば、ありのままの自分を肯定する心をむしばむ恐れがある。脳死臓器移植が可能になった現代でも、脳科学で分かる心の領域は限られており、脳死と判定されても本当に「死んでいる」のか厳密には分からない。未解決な問いはたくさんある。「病気の治療」や「快適な暮らし」の可能性を前に、こうした問題はかすみがちだ。

 生命科学に革新をもたらしたiPS細胞(人工多能性幹細胞)にも、多くの課題は残っている。

 iPS細胞で精子や卵子を作れるようになれば、命の新しい生まれ方ができる。遺伝子を操作するゲノム編集と合わせて使われ、「デザイナーベビー」の誕生につながる可能性がある。動物の体内でヒトの臓器を作るといった「種の壁」を越える研究も進む。さらにiPS細胞を使った医療が実用化した場合、高額さがネックとなり医療格差が生じる懸念もある。

 科学のもたらす変化が大き過ぎ、私たちの考えは追いついていないように映る。科学の発展の先には、何が待っているのだろうか。

 示唆を与えてくれる小説がある。英国の作家オルダス・ハクスリーが1932年に発表したディストピア(反ユートピア)小説「すばらしい新世界」だ。

 物語は26世紀が舞台。人々は人工授精によって工場で誕生し、生まれる前から階級ごとに能力が操作されている。階級で就ける仕事は違うが、安全に快楽を得られる薬物を誰もが摂取でき、不満はない。そんな「文明社会」の外から、家族や信仰、芸術といった価値を重んじる「野蛮人」の男性が連れてこられるというストーリーだ。

 期待を抱いて文明社会で暮らし始めた男性だが、科学技術で管理され満ち足りた生活にいらだちを覚えるようになる。病気や老いなど、時に思い通りにならない起伏ある人生にこそ意味があると訴える。「快適さなんて欲しくない」と、文明社会を飛び出すが自由になれず、破局を迎える。

 科学の力による快適で何も考えずに済む暮らしへの望みと、不幸に陥ることがあっても「ありのまま」で生きたいという願い。男性は二つの欲求の間で板挟みになった。彼の姿は、現代社会の行く末を暗示してはいないだろうか。

 科学技術と無縁な生活に戻ることはできない。だが快適さだけを求めていては技術に支配されてしまう。明るい未来の可能性ばかりに目を奪われていると、思わぬ「わな」に陥るかもしれない。良くも悪くも、iPS細胞など先端技術のはらむ可能性は想像以上だ。「いのち」の新たな形を探す道のりは、科学が発展するにつれ険しさを増していく。

【2017年12月27日掲載】